落語界きってのセクシーハンド「桂笑生」[落語関係]
(2009-08-31 22:05:02) by くろひつじ
第五回桂笑生独演会にいってきました。
見てて思ったんですが、いやぁ笑生さんの手ってホントににセクシーですねぇ
と、今回は特に「唐茄子屋」を楽しみにしていきました。
僕としては笑生さんの唐茄子屋、とても良かったです。
なんていうか、オリジナリティという言葉の意味と重みを感じたような。
唐茄子屋は僕も何人か有名な方のCDにあるのを聴きましたが、笑生さんの唐茄子屋は誰のものでもなく、笑生さんだけの唐茄子屋だと、そう思いました。
笑生さんのホントの心持はまぁわからないけど、相変わらずまじめで誠実な感じで落語への向き合い方、これから真打にあがる心意気というか挑戦というか、そんなようなものを感じたような。
唄うたってましたしね。心意気ですよ。
ま、なんとなくの僕の思い込みですけどね。
芸の事なんて良くわかってないしね。
落語だけじゃなく、芸の道、いや商売でもきっと同じ所はあるとおもうんですが
世の中、売れるとか認められるという事は大切だと思います。
ビジネスなんかでは目に見えて、結果を出す事、つまり売れる物を作る事、売れる物を売る事が正しい手法で優れているという事になってますよね
違うってとこもあるでしょうが、経済は今でも結局はやっぱりそこだと思います。
結果は、たしかに大事なことであると思います。
しかしこの世をつつむこの理論は皆同じにしようという力にもなって、なにも考えないで頑張ったら、地位と金だけが基準の人間を製造する事につながり、そしてその通りの世界観。
確かに結果は大事ですが、しかしやはり自分らしさは必要だと思います。
成功、結果を出す、いいですね。地位、名声、金、素晴らしいですね。
しかし、それは自分らしさを発揮して自分らしさの上に手に入れたものでなくてはならない。
人の世で生きる以上、自分以外の人間に認められることは大事な事です。
どんなに優れた物を持っていても、誰にも知られる事無く、また誰にも認められないのなら、人の世に存在しない事に等しいと思います。
結果を追い求めて結果を出す事は、自分以外の人に認められる為の技術や手法で、経済ってのはほとんどがその基準で動いているように感じます。
しかしそれだけにおぼれて結果をだしたとしても、人には褒められるでしょうが、自分はどっかに置いてけぼりのような気がします。
まぁもしそうなったら人は色々と自分を言いくるめて納得するんでしょうけど。
そんな言い訳すら正しいとして手法になってたりしますけどね。
逆に人に認められず、ひたすら自分のやりたいことだけをやっていても、それは上で書いたように人の世で生きている意味がない。
人の世からは離れられない以上、人から認められなければ。
だからどっちも満たさなきゃダメなんでしょう。
自分らしく成功しなければそれは成功ではない。
と、ようするにこんな壮大な事まで考えてしまうくらい笑生さんの唐茄子屋はよかったです。
笑生さんからは、自分の落語をしようという心意気を感じたんです。
結果を求めながら、自分らしさの追求をする。
自分らしさって難しいですよね、きっと本当に自分らしくあろうとあり続けなければ解らないことっぽいです。僕は僕の自分らしさなんていまだにわかりませんし。
笑生さんの唐茄子屋は笑生さんらしかった。
つまり笑生さんが自らこれが俺の唐茄子屋だ、と、これが自分らしさだ、と表現したわけで
という事はかなり自分らしさと向き合って到達した物なんだな、と思うわけです。
これがプロでしょうね〜
心意気ですよ。
もっともっと自分らしさと結果の追求をしていって、もっといろんな面を見せていただきたいと思いました。
次は今度の連休中の22日の「期日限定!福袋演芸場 第72回不況を吹き飛ばせ!景気のいい噺特集」のトリに笑生さんが出るみたい。
う〜ん、いまだに寄席にいけてないし、しかも1500円だし、知らない演目ばっかだし、これは行ってみたいな〜
しかし一般に連休とはいっても火曜日、、僕は休みではないな〜
なんとか二部からでもいってみるとか。。
と、笑生さんの演目は佐々木政談ですか〜
政談っていうと大岡越前が必ずといって出てきますけど、この噺は題名どおり佐々木さんなんですよね
ん?笑生さん、政談好きなんですかね?いや子供の役がすきなのかな?いやたまたまか。
行きたいな〜聴きたいな〜
コメント(2)
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